高級クラブで働きたい女性向け

銀座の高級クラブをとり仕切る有名ママ9人を紹介【ホステスの憧れ】

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銀座の高級クラブで有名なママ①望月明美さん

画像引用元:https://www.club-lj.com/mama/

銀座8丁目にある有名高級クラブ「ル・ジャルダン(Le Jardin)」。このお店のママを務めるのが望月明美さんです。どのように銀座の高級クラブのママまで登りつめたのでしょうか。

2020年で夜職歴37年、ママ歴24年

望月明美さんが夜の世界に飛び込んだのは17歳のとき。最初はスナックで働き始めたそうです。友達の紹介だったとのこと。
そのスナックのお客様やママにとてもよくしてもらい、ナイトワークにのめり込んでいった望月明美さん。銀座デビューを果たしたのは20歳の時でした。きっかけはアルバイト情報誌で「ジャンティユー」というお店の求人を見つけたこと。

それを機に「花の園」、「ジャンヌ・ダルク」、「ヴェルサイユ」と有名店を移り渡り、31歳の時に「ル・ジャルダン(Le Jardin)」を購入。そう、望月明美さんは銀座のクラブを買い取る形で、高級クラブのママの地位を得たんです。

ママ歴20年を超えたベテランママの望月明美さんは、現在では執筆活動や講演活動にも精を出しています。

望月明美ママが持つ魅力と学べる点

望月明美さんがこれほどまでに名を上げることができたのは、早い段階で夜の世界に飛び込んだからでしょう。17歳でスナック、そして20歳で銀座のクラブデビューと、非常に早くホステスとして活動し始めたことが現在につながっているわけです。

本人は、「私はとても不器用な女」と語ります。しかし、「努力は好きだし楽しい」とも言っています。この一生懸命なところは大きな魅力であり高級クラブで働くホステスが見習いたいところですね。

実際に、高級クラブのママとして有名になった現在でも週に3回はジムに通い、自宅でもヨガをし、エステにも定期的に通っているようです。こうした努力と継続する意志の強さは、大いに参考にしてもらいたい部分です。

望月明美ママのいる『ル・ジャルダン』についてはこちら→「高級クラブ”ル・ジャルダン”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ②桃谷優希さん

画像引用元:https://www.gqjapan.jp/woman/lady/20150303/beauty-to-support-11

銀座の最年少ママとして一躍有名になった桃谷優希さん。なぜ彼女は若くして銀座の高級クラブのママになれたのでしょうか。

最短&最年少の26歳で銀座のママに

桃谷優希さんは、京都ノートルダム女子大学を卒業後、北新地のクラブで働き始めたことで夜の世界に降り立ちました。その時は文筆家になるのが夢だったそうです。そのための情報収集が目的で高級クラブに足を踏み入れたわけですね。

その後、銀座の高級クラブへ。そして数年後には銀座のクラブ「藍(らん)」の雇われママとなっていました。この時、なんと26歳という若さ。北新地のクラブで働き始めてからたった4年後の出来事です。

その後自身のお店を持ちますが、お店を他の方に譲り、一度銀座の夜の世界からは身を引いています。

桃谷優希ママが持つ魅力と学べる点

桃谷優希さんは、努力の人です。24時間お仕事のことを考え、お客様が口にしたことには常に耳を傾け、それを接客に活かしていたとのこと。好みを知ればそれに合わせてプレゼントを贈り、スケジュールを知れば、お客様の出張の日にモーニングコールをするなど、常に努力を続けていました。

こうまでされて、男性が魅力を感じないわけがありません。しかし、忙しい素振りは見せずに常に笑顔を意識していたそうです。これもまた、桃谷優希ママの魅力ですね。

そして、最大の武器は関西弁。銀座に来た頃はあまり良い印象を持たれなかったようですが、有名になるにつれて桃谷優希さんの魅力の一つになっていったようです。他の人と差別化できる武器があることはとても大事。周りになんと言われようとそれをあえて貫く意志の強さも見習いたいところですね。

桃谷優希ママのいる『藍(らん)』についてはこちら→「高級クラブ”藍(らん)”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ③伊藤由美さん

画像引用元:https://yumi-ito.com/

銀座の有名店「クラブ由美」でオーナーママを務めているのが伊藤由美さんです。高級クラブのママとして活躍する伊藤由美さんについて語ります。

18歳で上京し23歳でオーナーママに

伊藤由美さんは、東京で生まれたものの、育ちは名古屋だそうです。18歳で東京に来て、すぐにクラブ「紅い花」で働き始めました。19歳で移った「クラブ宮田」でトップホステスとなります。状況してわずか1年ほどで高級クラブのNo.1になったんです。
22歳で勝新太郎さんのお店「クラブ修」のママとなります。

その1年後、独立し「クラブ由美」を開業。自らの名を持つ高級クラブをオープンさせました。「クラブ由美」はすでに35年以上の歴史を持ちます。銀座のトップクラブとしての地位も確立し、伊藤由美さんも現役ママとして活躍しています。

伊藤由美ママが持つ魅力と学べる点

伊藤由美さんは、非常にこだわりの強い女性です。笑顔や日本語、礼儀やマナーなどを大切にし、感謝や気遣いなどを忘れないようにしていると自身の著書などでも語っています。

とても芯の強い人なんですよね。この芯の強さが23歳という若さで銀座の高級クラブのママまで押し上げたわけです。
「1時間早く寝て、1時間早く起きる」ということも心がけているそうです。睡眠時間は同じ。でもその1時間の違いが効率の違いを生むと考えているとのこと。こうした考え方からも意識の高さがうかがえます。

ピシッとした中にも女性らしい品を持つ伊藤由美さん。多くの男性はこうしたところに魅力を感じているのでしょう。そしてそれは、多くのホステスが見習うべきことでもあります。時間を大切にしながらお仕事に邁進したいと思わせてくれますよね。

伊藤由美ママのいる『クラブ由美』についてはこちら→「高級クラブ”クラブ由美”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ④上田利恵さん

画像引用元:https://mainichi.jp/articles/20190108/ddl/k17/040/232000c

地方のお店から銀座へと進出し、見事成功を成し遂げた上田利恵さん。銀座の有名高級クラブの中でも、少し変わった経歴の持ち主でもあります。実力派ママは、どのような女性なのでしょうか。

銀座の高級クラブ含め8店舗経営している

上田利恵さんが初めてお店を持ったのは1986年のこと。その時開業したのは「ナイトイン利恵」というお店で、その名の通り、自身がママを務めるお店でした。場所は石川県金沢市。ママが35歳の時です。

その後「ラウンジ利恵」、そして「クラブ利恵」をオープンさせます。非常に評判がよかったため、その勢いで東京の銀座へ進出。そこで「クラブ利恵 銀座」を開業。さらに勢いに乗り、中国にも次々と店舗を構え、現在では銀座の高級クラブを含め8つの店舗を経営しています。高級クラブのママというよりも、立派な経営者という印象ですね。

上田利恵ママが持つ魅力と学べる点

上田利恵さんの妥協しないお店造り、これが成功した秘訣でしょう。どのお店も店内は非常に豪華で、現代のクラブとは思えないほど立派。この非日常感が人気の理由でもあります。

それにも負けない上田利恵さんの力強さや品の良さ、これにお客様は魅了され、何度も足を運んでいるのだそうです。ある意味時代を逆手に取った戦略がハマったんですね。あえて昔らしさを残しているところが素晴らしいです。

時代の流れに無理に乗らず、自分らしさを追求することで成功した上田利恵さん。それが他のクラブやホステスとの差別化につながり、ママの魅力として認知されていったわけです。

現在のホステスにも意識してほしいことですし、伸び悩んだとしても、自分らしさを追求することは忘れないでもらいたいですね。

上田利恵ママのいる『クラブ利恵』についてはこちら→「高級クラブ”クラブ利恵”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ⑤白坂亜紀さん

画像引用元:https://www.pasonacareer.jp/hatalabo/entry/2018/10/31

エリート一家から銀座の高級クラブのママになった白坂亜紀さんの経歴や魅力をまとめてみます。

早稲田大学在学中に老舗クラブのママに

大分県生まれの白坂亜紀さんの実家は現在、滝廉太郎記念館となっているそうです。父は新聞記者、母は塾経営という家庭に生まれ、お兄さんは精神科医となっているとのこと。

そんなエリートとも言える家庭で育った白坂亜紀さんは早稲田大学に進学し、在学中に日本橋の有名老舗クラブで働き始めます。ただ働き始めただけではなくママになったというから驚きですね。

その後、銀座7丁目と5丁目に高級クラブ&ラウンジ「稲葉(いなば)」をオープン。ちなみに店名は故郷の川の名前から取ったそうですよ。このときまだ20代。若くして銀座の高級クラブのママとなったことでメディアにも取り上げられました。

さらにバー「Bar 66」と日本料理屋「穂の花」をオープンさせ、実業家としても活躍しています。

白坂亜紀ママが持つ魅力と学べる点

白坂亜紀さんは常々、「ホステスは見た目だけが魅力ではない」と言っています。夜の世界だからこそ“昼の努力”が必要とも語っていて、明るい時間帯にお客様にお礼のメールを送ったり連絡を入れたりを欠かさないそうです。

その積み重ねが、銀座の有名クラブなどを何店舗も経営する現在につながってるんですね。ちなみに年賀状の送り総数は2万通を超えているとのこと。すごい数です。

お客様の頼み事も極力断らないそうですよ。何でも屋さんのようになっているけれども、それこそがお客様との信頼関係の構築に役立っているようです。この意識が本当に素晴らしい。お客様を支えるという意志も感じますし、自分を選んでもらうためには、それだけ相手に尽くす行動や心遣いが必要になってくるわけです。常に自分の存在をお客様に感じさせることが大事なんですね。

ホステスとして成功するには、このような地道な努力が欠かせません。容姿や会話術も重要ですが、それ以外の気遣いや行動の積み重ねも意識して働きたいところです。

白坂亜紀ママのいる『稲葉(いなば)』についてはこちら→「高級クラブ”稲葉(いなば)”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ⑥唯吹明日香さん

画像引用元:https://lounge.dmm.com/canary/21216/

銀座「ブレア(Blair)」のママ、唯吹明日香さんは、若いママだからこそのアグレッシブさで多くの店舗を経営する実業家です。どのような経歴やこだわりで今の地位まで上り詰めたのかチェックしてみましょう。

仕事が好きで常に走り続けていた20代

ナイトワークをスタートさせたのは大学在学中。最初は祇園のラウンジで働き始めたそうです。入店から1年ちょっとでNo.1に。その後北新地のクラブへと移り、26歳の時に東京へ出てきます。

銀座のクラブ「サードフロア」で働き始めた唯吹明日香さんは、「ソシエ」へと移り、「柳」というお店でママを務めました。「ブレア(Blair)」をオープンさせたのは、その後です。

週6日勤務で、ひたすら仕事をし続けた20代があって、銀座の高級クラブのママにたどり着いたわけですね。

現在はクラブだけではなくバーや美容院やエステなどのオーナーも務めています。経営者としても有名な人物ですよ。

唯吹明日香ママが持つ魅力と学べる点

唯吹明日香さんは今風の美貌の持ち主。着物も着ますがドレスで接客することも多く、型にはまらないところがママの魅力です。

そして何よりも負けず嫌いな性格で、誰よりも上に行きたいという強い思いを若い頃から持っていたそうです。綺麗な見た目とは裏腹に根性があって努力を惜しまないところも、唯吹明日香さんの魅力であり成功した秘訣ですね。

現在ホステスとして働いている人も、これからホステスを目指す人も、どうせやるなら唯吹明日香さんのようにトップを目指しましょう。その気持ちと根性があれば、同じように銀座の高級クラブのママや有名な経営者になることができますよ。

唯吹明日香ママのいる『ブレア(Blair)』についてはこちら→「高級クラブ”ブレア(Blair)”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ⑦瑞木涼子さん

画像引用元:https://www.instagram.com/soumei.japan/?hl=ja

銀座に「瑞木(みずき)」という会員制の超高級クラブがあります。そこのママを務めているのが瑞木涼子さんです。
銀座でも屈指の有名店のママに迫ってみましょう。

知る人ぞ知る高級クラブ界のカリスマ

クラブ「瑞木(みずき)」のオープンは2013年。銀座の高級クラブである「サードフロア」で実績を積み、「瑞木(みずき)」のママとして銀座にお店を構えました。

「サードフロア」で働いていた頃は伝説的なホステスとして活躍し、満を辞して銀座に自分のお店をオープンさせたという流れ。すでに銀座のトップクラスの超有名高級クラブのママであるにもかかわらず、メディアなどあまり表には出てこない不思議な女性でもあります。こうした神秘的なところからもカリスマ性が感じられます。

人気の高さと、それを維持していることを考えれば、実力がズバ抜けていることは間違いありません。

瑞木涼子ママが持つ魅力と学べる点

瑞木涼子さんの姿を一目見たら、すぐに虜になると言われています。それほどの美貌の持ち主で、意志の強さもしっかりと感じられます。凛とした雰囲気、女性らしい品の良さ、洗練された立ち居振る舞い、常に笑顔で明るいキャラクターなど、あらゆる魅力が溢れているのもママの素敵なところですね。

自分を過剰にアピールしすぎず、控えめに活動しているところも瑞木涼子さんの魅惑的な部分です。キャバクラ嬢などとは違い、特に高級クラブのホステスには、こうしたおしとやかさや日本人女性らしさも必要なのかもしれません。

売れるために必要なのは前に出ることではなく一歩引くこと、と教えてくれているような気がしますね。

瑞木涼子ママのいる『瑞木(みずき)』についてはこちら→「高級クラブ”瑞木(みずき)”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ⑧唐沢菜々江さん

画像引用元:https://luline.jp/magazine/32664

銀座の高級クラブ利用者で知らない人はいないほど有名な唐沢菜々江さん。高級クラブのママとして人気を保ち続けている理由を探ってみましょう。

一流ママとして長年に渡って銀座で活躍

唐沢菜々江さんは、18歳の時にスナックで働き始めました。22歳で野田のお店へ。翌年は上野のキャバクラでキャリアを積み、スカウトがきっかけで銀座のクラブでホステスとなったそうです。このとき25歳。

それから4年ほどホステスとして働き、銀座のクラブを転々。29歳のとき、3店舗目でママとなり、さらに4店舗のクラブでママを務めた末に独立しています。

オーナーママを務める「ナナエ(Nanae)」が最も有名ですが、それ以外にもカラオケワインバーやワインダイニング&ラウンジ、ミニクラブなども経営されています。長年銀座の街で活躍している正真正銘の一流ママなんです。

唐沢菜々江ママが持つ魅力と学べる点

唐沢菜々江さんは、気遣いの人です。何よりも大事にしているのがお客様の心。どのようなお客様が何をしたら喜ぶのかを把握して、それを全力で表現するのがママのやり方です。

例えば、入院したお客様に大きなお花を贈ったことがあるそうです。そのお客様はママが他のお店に移ってもついてきたし、新しいお店のオープン時にも必ず顔を出したそうですよ。自分がやりたいことよりも、相手がしてほしいことを優先できるのが唐沢菜々江さんの魅力ですね。

相手の立場に立って何が必要かを考えることは、意識すれば誰にでもできます。ぜひ参考にしながら、ホステスとしてのお仕事に向き合ってみましょう。

唐沢菜々江ママのいる『ナナエ(Nanae)』についてはこちら→「高級クラブ”ナナエ(Nanae)”の詳細

銀座の高級クラブで有名なママ⑨高嶋りえ子さん

画像引用元:https://twitter.com/ginzatakashima/header_photo

新進気鋭のママとして有名になっている高嶋りえ子さんを紹介します。新しいタイプの高級クラブのママの姿として、ぜひ注目してみましょう。

高級クラブ以外に高嶋化粧品でも大成功

高嶋りえ子さんがナイトワークを始めたのは22歳の時。婚約の破棄がきっかけだったそうです。当時OLをしていたそうですが、一念発起して銀座のキャバクラへ入店。

それから3年後には「銀座クラブ高嶋」をオープンさせています。

さらにそこから1年ごとに「和風バー高嶋」、「高嶋化粧品」、「Bar高嶋」を次々とオープン。銀座だけでも自身が経営するお店が4店舗、都内には合計で10店舗もお店を構え、様々な業種に手を広げながら事業を拡大しています。いずれも大成功しているというからすごいですよね。

高嶋りえ子ママが持つ魅力と学べる点

高嶋りえ子さんの好きな言葉は「ひとり勝ち」だそうです。ホステスを始めた頃は容姿をいじられ周囲の人に虐げられたようですが、そこから「成り上がってやる!」という強い思いで現在の地位を獲得したとのこと。素晴らしいですよね。

この内から湧き上がる闘志のようなものは、間違いなくママの魅力です。その迫力がお客様を惹きつけ、お店の人気にも繋がっているのでしょう。

周囲にバカにされたりしても、「絶対に最後は勝つ!」という強い気持ちさえあれば、高嶋りえ子さんのような成功者や銀座の高級クラブのママにまでのし上がることができます。ホステスをして上を目指す以上は、この気持ちを忘れないようにしたいですね。

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